最高裁判所第一小法廷 昭和40年(あ)1134号 決定 1966年3月31日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人植木敬夫の上告趣意について。
原審の確定した事実関係の下においては、被告人の本件行為が税理士法五九条、五二条、二条に違反するものであるとした原審の判断は是認できる。所論は種々述べるが、現行税制に関する批判を出でず、実質的違法性がないとの論旨は結局独自の見解というほかはない。それ故、違憲の主張は前提を欠くものであり、適法な上告理由に当らない。<以下―略>
よつて、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)
【原判決理由】一 原判決は、被告人が作成した申告書は「申告書用紙に所要事項を記載したうえ、申告者各自にその内容を説明し、その諒解を得て法人代表者の署名押印を得たと認定したが、そうであるとすれば、本件書類の作成者は署名押印した当該法人の代表者であり、被告人は単にその作成の準備行為をしたに過ぎないのであつて、これを作成したことにはならない。
二 原判決は、本件書類は被告人以外の相模原交友会の従業員が作成したものの多いことを認めながら、これらをも被告人が作成したものとして刑事責任を問うたが、同会の他の従業員の作成した書類については、各従業員が被告人の意思とは無関係に会の業務として義務づけられたところにしたがい作成したものであるから、被告人が作成したことにはならない。
三 被告人は相模原交友会の従業員として、同会又は会員を代表する役員の指揮命令のもとに単にその手足、道具として税務書類の作成をしたに過ぎないから、税理士法違反の行為の責任は被告人にはなく、むしろ会の理事者が負うべきものである。
四 被告人は形式上はいわゆる権利能力なき社団である同会の従業員であるが、実質的には同会の会員各自の共同の従業員であり、原判決のいう法人税法第二五条の二により明らかなように法の経理担当の従業員が雇傭主のため税務書類を作成することは法の許容するところであるから、会員全員の経理事務担当の従業員である被告人が会員のため税務書類を作成しても、それは税理士法第二条にいうところの他人の求に応じて税務書類を作成したということにはならない。
五 被告人の税務書類作成の事務は、当該会員との一定の作成の申込と承諾という関係に基くものではなく、被告人の意思とは全く無関係に規約所定の入会手続によつて会員となつた者について同会の従業員たる義務のみに基いて行われたのであるから、税理士法第二条にいう「他人の求に応じて」なされた場合にあたらない。
六 原判決は、被告人の本件行為が合法であるとすれば、租税の重要性にかんがみ税務書類の作成、税の申告その他の手続を資格ある税理士に行わしめんとする税理士法の法意に違反するのみならず、右のごとき形式による非税理士の税理士業務を広く見逃すこととなり、法の取締目的に反する結果となる」と判示している。しかし、現行の税制においては、徴税は自主申告を基本的立前としているが、制度はきわめて複雑難解で通常人には容易に理解し難いものがあるばかりでなく、税務書類作成の能力を持つていても事業活動に忙殺されてその機会のない者もまた多く、個々に税理士を頼むことは必ずしも経済的に容易でないと同時に資格ある税理士は申告義務者の数に比してはなはだ少数であるため、ここに零細企業者が自衛上一つの団体を構成しその団体が補助者を雇用するという方法によつて多数の納税者が共同して従業員を雇いこれを経理担当者として税務書類を作成させるという本件のような形態を生じたのであつてまさに適法というべきである。結局税理士法の当該規定は、自己の利益を図る目的で団体と会員という名目をかりて税理士と同種の営業を行うヤミ税理士を取締る規定と解すべきで、もし原判決のいうように本件のような場合をも税理士法に違反すると解釈するならば、多数の納税者をして事実上税法上の権利の行使を困難ならしめ、かつ税理士法に規定する非税理士の税理士業務を禁止する取締目的はいたずらに少数の税理士の経済的利益を不当に保護することとなり、全く合理性がないから、被告人の本件所為に対して税理士法第五九条、第五二条、第二条を適用処断することは、憲法第三一条に違反するか又は同法条の解釈を誤つた違法があるといわなければならず、結局税理士法の前記三条文は違憲、無効のものである。
七 税務当局と本件相模原交友会とは、本件捜査開始前から何年もの間にわたり友好と協力の関係を維持して来たもので、税務当局は同会の活動を正当と認めて来たものであるにかかわらず、突然自らの見解を変えて被告人の所為を違法とするのは不当であり、又税務当局は同会が行つていると同様のことを官制の納税団体に行わせその育成に努力しており、この点からいつても、被告人の所為は税理士法に違反するものではない。
よつて、以下これを検討する。
所論一について。
税理士法第二条第二号にいわゆる「「書類を作成する」とは、単に他人の指示するところを機械的に記述代書するような事務を含まないことはもちろんであるが、他人のために所定の要件に適合するかどうかを自ら判断して必要事項を記載し書類を完成してやるときは、署名押印はその他人がする場合であつても、これに該当するものと解すべきである」。記録によれば、被告人は、原判示のように「申告書用紙に所要の事項を記載する」については、単に申告者の指示するところを機械的に記述代書したものではなく、自己の判断により所定事項を自ら記載し又は事務局員を指導してこれを記載させたうえ自己の責任においてその記載を確認したものであるから、たとえ申告者が書類の完成後これを承認して署名押印したとしても、本件書類は被告人が税理士法第二条第二号にいわゆる作成をしたものといわなければならない。所論は採用できない。
所論二について。
記録によれば、本件書類の中には被告人以外の従業員が事実上これを記載したものがあることは明らかであるけれども、この場合でもそれは前述のように被告人が自己の判断に基づき事務局員にその記載方法等を指導してこれを記載させたうえ自己の責任においてその記載を確認したことが認められるのであるから、法律的に見れば、本件書類はすべて被告人が作成したものというべきである。所論は採用できない。
所論三について。
記録によれば、被告人は相模原交友会の従業員として同会の会長等役員の指揮命令により本件書類を作成したものであることは所論の通りであるが、この場合税理士法違反の罪としての被告人の書類作成行為について、前記会長等役員が教唆等の共犯の責任を負うことがあることは別として、そのために直接行為者としての被告人の刑事責任が消滅するとは解せられないことはいうまでもないから、所論は採用できない。
所論四ないし六について。
税理士法が税理士業務の遂行を原則として一定の資格を備えた税理士のみに限つていることは、同法第五二条の規定に照し明らかである。ところで、原判示のように、たとえば法人の経理担当の従業員は非税理士であつても、雇傭主のために税務書類の作成を業とすること、換言すればこれを反覆継続して行うことが許容されていると一般に解されていることは所論の通りであるが(法人税法第二五条の二は、これを前提とする規定であり、同条によつて始めて右のように解されるのではない。)、これは当該従業員と法人との間に他人関係がないからというのではなく、右従業員が雇傭主たる法人のためにその本来の業務活動の一翼をになう関係にあるので、あたかも法人が自ら(正確にいえば法人の業務執行者が自ら)税務書類の作成をするのと同一視し得るからであると考えられる。そこで、記録に基づき本件の場合を見ると、相模原交友会は原判決が認定しているように、又所論主張のとおり、いわゆる権利能力なき社団であつて、被告人は同会に自由に入退会できる個々の会員の意思とは関係なく同会の選任により会に雇われ(この場合、会員各自が被告人を雇つているとは、とうてい見ることはできない。)、その従業員たる義務に基づき、同会の事務として、各会員のため税務書類の作成に継続して従事したものであるから、これを前述の法人の経理担当の従業員がその雇傭主のため税務書類の作成の業務を行うのと同一視することはできない。そして、この場合、被告人の各会員のためにする税務書類の作成が会員との間の個々的な作成の申込と承諾という関係ではなく、同会の従業員たる義務に基いて行われたとしても、それは会員の税務書類作成の依頼が同会への入会という形で行われたことに基因するのであるから、被告人が他人の求に応じて税務書類を作成したということになるといわざるを得ない。
以上の理由により、被告人の本件行為は、これを目して所論のいわゆるヤミ税理士が自己の利益を図る目的で団体と会員という名目をかりて税理士と同種の業務を行う場合と同類に扱い得ないことはもちろんであるが、それだからといつて税理士法第五二条に違反しないとはいえないのである。
なるほど、現行税制は複雑難解で通常人には容易に理解し難いものがあるといえないことはなく、納税者が税務書類の作成等をするについて所論のような種々な困難にしばしば逢着することがないとは必ずしもいい難いと考えるけれども、これが解決はひつきよう税務行政の妥当な運営に期すべきものといわなければならないし、又税理士法が非税理士の税理士業務を禁止することが結果においては少数の税理士の収入を多からしめることになるともいえないことはないかも知れないけれども、これはあくまでも法の反射的効果に過ぎないのであつて、税理士法は本来税理士の私的な利益を保護することを目的としたものでないことはもちろんであつて、税理士法が税理士業務の遂行を原則として一定の資格を備えた税理士に限つたのは、祖税に関する法令を正しく理解して所定の納税義務の適正な実現を図り、ひいて納税者の正しい利益を守るとともに税務行政の妥当な運営を期する目的に出たもので、そのために一方において税理士に特別の義務と責任とを課し、税理士会をしてその指導と連絡の任に当らしめているのである。被告人の本件所為が税理士法第二条、第五二条、第五九条に該当すると解すべきものとしても、所論のように合理性を欠くとするいわれはなく、これら条文を違憲無効とする所論は独自の見解であり、採用できない。
所論七について。
税務当局と相模原交友会との間の従前の交渉関係については記録上必ずしも明らかでないけれども、当審証人石森克二及び同梅沢節男の各証言によれば、税務当局が相模原交友会において被告人に本件のような税務書類の作成等の税理士業務を行わせるような活動を是認して来たとは直ちに認め難く、又青色申告会等の税務当局と友好関係にあると認められる団体においても税士理法に違反しないよう注意して業務を行つていることを認めることができるから、所論は採用の限りでない。
〔第一審判決理由〕
(有罪認定の理由と弁護人等の主張に対する判断)
一、まず相模原交友会の機構と事業の内容、ならびにその法的性格について検討するに、前掲1、2、9ないし13、15、16の各証拠を綜合すると、相模原交友会は神奈川県商工団体連合会(その上部組織としては全国商工団体連合会がある。)傘下の団体として、昭和三二年九月頃、主として神奈川県相模原市、高座郡海老名町座間町等の県北地域における零細商工業者多数(会社組織による合資会社、有限会社の業者が殆んどである。)を会員として設立されたもので、同会は中小企業相互の親睦と団結によつて金融、税務、法律等の諸問題の研究と経営の合理化ならびに営業の繁栄と生活の向上を図ることを目的とし、右目的達成のため営業資金の借入等や税金問題に関する指導と研究、会員の慰安会その他会の発展に必要な事実を行うこととし、また同会の機構は、会則により役員として会長一名、副会長三名、理事若干名、事務局長一名、その他会計、会計監査等が置かれ、会長は会を代表し、事務局長は会の事務を総括するものとし、事務局に所属する事務局員若干名は事務局長の指導により会の事務に従事するものとされたこと、同会は、年一回の定期会員総会によつて各年度の大綱を決するほか、通常毎月約一回事務局長をも含めた前記役員による役員会(理事会)を開いて会の業務、運営、会計等に関する協議決定をし、常勤の右事務局長をしてその執行に当らしめていたこと、また同会への加入は随時自由であり、同会は入会した各会員から一般会費二〇〇円、特別会費五〇〇円ないし四、〇〇〇円(各会員の営業の規模によつて差異がある。)を各月毎に徴収して、これを事務局長および事務局員の給料とするほか、会の事務に用する文具、計器類の費用、その他会の運営費用等に充当し、右のほか六月と一二月の年二回に右事務局員等の賞与に充てる分として特別の会費を徴していたことをそれぞれ認めることができる。
以上によれば、相模原交友会は零細商工業者(会社または個人)によつて組織されたいわゆる任意団体であつて、その法的性格は明らかに民法上権利能力なき社団と指称されるものに属するということができる。そして、前記事務局長および事務局員は、法的にも社会的にも、前記会長によつて代表される相模原交友会なる団体(社団)の従業員としてその事務に従事していたものと認めることができる。
二 そこで更に、相模原交友会の活動の実況を検討してみるに、前記各証拠のほかとの証拠を併せて考察すると、同会はその事業目的に副い、具体的には、会全体として会員相互の親睦と協力を高めるための年一回の慰安旅行会や、会員多数を動員しての税制改善要求、国税通則法制定反対のパレード等の行事等を行つていたほか、事務局長である被告人や会長等一部の役員において、会員に対する個々の課税の問題について所轄税務署と交渉し、また会員自体の金融の方策、便宜を図るため金融機関に対して諸種の要望や接衝をし、更にはまた小企業者の従業員の手不足の問題にからんでその雇用関係の促進方を市役所等に申入れるなどのことをしていたこと、そして同会事務局は、前記事業に関する具体的な事務や手続を担当していたのであるが、会員たる零細商工業者の当面する重要な問題が法人税、所得税、その他の税金に関する問題であることにかんがみ課税の基礎資料となる営業帳簿等の記帳指導税の申告方法等の説明指導をするとともに、会員毎の経理関係の簿冊を一括して会の事務所に備え各会員から毎月毎に徴した営業に関する収支の伝票等に基いて貸借対照表、財産目録、損益計算書、損益金処分表、勘定科目内訳明細書等を作成し、併わせて右書類に基き各会員の事業年度毎の法人税等の申告用紙に所要事項を記載したうえ、申告者各自にその内容を説明し、その諒解を得て法人代表者の署名押印を得、かくして主として事務局員の手で右法人税申告書等を所轄税務署に提出するという業務を行つていたもので、これが右事務局の主たる業務であつたこと、被告人は同会の事務局長として他の事務局員とともに前判示の相模原交友会事務所に常時出勤し(会長その他の役員は非常勤)、前記貸借対照表等の書類や税の申告書を、自ら記載して作成し、あるいは古郡幸子外数名の女子事務員にその記載方法等を指導しながらこれを記載記帳させたうえ自らその記載を確認し、こうして作成した法人税申告書その他添付書類として税務署に提出すべき前記書類につき前記のように申告者の署名押印を得てその完成を遂げていたものであり、判示の各法人税確定申告書はこのような経緯で作成され、所轄税務署に提出されたものであることを認めることができる。
三、以上の事実によればまず、被告人は相模原交友会の業務内容であり、かつ同会事務局の作業である法人税確定申告書等の作成の事務を、同会事務局の事務局長という責任ある地位で、現実に、自ら行いあるいは前記事務局員を指揮しながらこれに行わしめ、しかもそれを反覆継続の意図のもとに多数回に亘つて行つたのであるから、右被告人の所為は全体として税理士法第二条第二号所定の「税務書類の作成」を「業として行つた」ことに該り、その実行行為そのものと評価することができる。
弁護人等は、ほぼ前認定の事実関係を前提として、被告人は、相模原交友会の事務局長という立場において、同会の業務として会員の税務書類を作成したに過ぎないのであるから、被告人の所為は税理士法第二条の「他人の求に応じて」税務書類を作成したことに該らないと主張する。
考えるに、法人税の申告については、法人税法第二五条の二において法人税の申告書には当該法人の代表者が署名押印するほかその経理担当の上席の責任者が同時に署名押印しなければならないと定められているところからすれば、一般に法人において当該法人と雇用関係にある従業員で法人税申告に関する経理事務を担当する者は、該法人の法人税申告書に所要事項を記載し、また必要な添付書類を作成するなどして税務書類の作成に関与することが許されているものと解すべく、従つてこのような意味において、同族会社や個人会社といわれる中小企業の法人においても、その経理に担る従業員や家族がその法人の法人税申告書等の作成に関与することは法律上当然許容されているものといわなければならない。しかしながら、右のような場合でなく自己以外に該るものはひろく前記の「他人」に該当するものと厳格に解すべく、右以上にこれを緩減して解すべき理由はない。
また、税理士法第二条の「(他人の)求めに応じて」とは、特定の者の明示的な申込みとこれに対する承諾によつて成り立つ個々の契約の場合に限らず、本件のように、相模原交友会が前記税務書類の作成を含めて広く税務、金融その他零細商工業者の合理化と発展を目的とする事業を内容とし、かつそれを期待して随時商工業者が加入でき、会員として一定の会費を納入することによつて事務局長等事務局員による右税務書類の作成その他の利益にあずかることができる制度において、基本的には右税務書類の作成の事務が他人(会員)の自由な意思に依拠している場合をも含むと解するのが相当である。もしそう解しないとすると、かかる団体の会員制度において税務書類の作成を行わしめる場合はすべて合法となり、祖税の重要性にかんがみ、税務書類の作成、税の申告その他の手続を資格ある税理士に行わしめんとする税理士法の法意に反するのみならず、右のごとき形式による非税理士の税理士業務を広く見逃すことになり、法の取締目的に反する結果となる。
四、被告人が税理士の資格〓〓せず、その他事件が税理士法第五〇条ないし第五一条の二に定める別段の〓〓でないことは前判示のとおりである〓ら、従つて、以上の理由により、被告人は同法第二条第二項に定める税理士業務を同法第五二条に違反して行つたものと断定するほかはない。
(もつとも、本件においては、被告人の右所為のほかに、これに関係する役員、事務局員の刑責を理論上いかに考えるか全く問題がないではないが、前説示のように、被告人は第五二条違反の実行行為者として刑責を負うべきものであり、反面前記税務書類作成に関与した女子事務員の所為をその共同正犯と認めるに足る事情は覆えないのみならず、被告人の上司である会長その他の役員については訴因、罰条において格別の摘記も存しないので、これ以上判断の必要を認めない。